バタバタしないでじっと待つことの大切さ:文明の利器も全知全能ではない

こんにちは、上田巧です!

今週は色々と予定が重なるので、車移動です。
朝の車通勤ラッシュは本当に時間が読めません。

超早く家を出たのに、時間ギリギリだったことに冷や汗をかきました。

そこで今回は、

バタバタしないでじっと待つことの大切さ:文明の利器も全知全能ではない

自分で考えなくなることが、一番恐ろしいですね。

では参りましょう!

バタバタしないでじっと待つことの大切さ

今朝は外環で事故渋滞

「新しいルートを設定しました」

事故渋滞の電光掲示板を見ると、本当に動かなさそう…
それならば、新しいルートに従って行ってみようじゃないかと。
そんな心持ちで今日は道順を変更してみました。

そしたら、困ったことに、

「次、右折です」
「次、左折です」

ほそーい道を、何度も何度も曲がることに。

本当に時間が短縮されているのかなぁ?
バタバタした割には早くなった気がしませんでした。

むしろ、なんか神経がすり減らされた感じがしました…

文明の利器も全知全能ではない

「少しでも早く目的地に到着する」

カーナビはこの目的を達成しようと、色々と試行錯誤してくれます。
細かい道でも、ちょこちょこルートを何度も変更してきます。

2つのルートを同時並行したわけではないので、本当の結末はわかりませんが、

「本当に早かったのだろうか?」

この疑念が晴れません。

ちょっとでも早かったのならカーナビ的には完全勝利です。
しかし、文明の利器は「人間の精神的疲労」まで汲み取れるようになるには、まだ時間がかかるのかもしれません。

20分遅くてもいい。
だから、気分的に楽なルートを設定してくれ。

渋滞に突っ込んだとしても、「進まない」以外のストレスがないならそれで良いと思ってしまうのです。

焦っても結論は変わらないことが多い

少しでも早いルートがあるならそれを選択したい。

この選択をする根源は

「人間の焦り」

です。

渋滞!?ヤダ!?
早いルート!?それにする!

少しでも早く!

技術的に実現できるのは素敵なことですが、選択する人間が焦りまくっていたら良い結果はもたらしません。
楽に生きればそれで良いのではないでしょうか。

焦った選択はなにも生みません。
どうせちょーーっとの差しかでないのです。

「急がば回れ」
改めてとても理にかなっていることわざだなと感じた1日でした。

ではまた!

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