このワードを広めたい【善意のカツアゲ】

 こころが辛くなってくると、どんどん視野が狭くなってきてしまいます。

「自分はここで頑張るしかないんだ」
「ここで頑張れなかったらもうだめかもしれない」
「頑張れない人間には価値がない」

 このような思考回路になってきたら、もう頑張らなくていいです。僕自身もこんなことを口にしていたら「もう頑張らなくていい」と声をかけられました。

 こんな状況の時、自分のつらさを生み出している理由を「一言」で表現できる言葉があればいいのに、、、そんな思いが、今回のタイトル「善意のカツアゲ」となっています。

 先日、心湧き出た言葉をそのままつぶやいてみました。(今思えば、最後の「ハッピー」は表現の失敗)

 この記事では、「善意のカツアゲ」にどんな思いが込められているのかを書きたいと思います。

「善意のカツアゲ」の流れ

 この話は人と人との間にあるものなので、登場人物は2人以上です。そのため、当然「カツアゲをする側」と「カツアゲをされる側」の2つの立場が出てきます。
 下記の流れは、「善意のカツアゲ」をされる側をイメージしてください。

「頑張れ・期待してる」を投げかけられる

真に受けて、頑張る

「こいつ、そう言えばやるな」認定をされる

「頑張れ・期待してる」の連発を受け

強い責任感が生まれる

めっちゃ仕事が増える

仕事がうまく回らなくなり始め、追い詰められる

「自分が悪いんだ」とメンタルが壊れ始める

なぜカツアゲをする側は気付かないのか

 理由は簡単です。大義名分があるから。その大義名分は、、

「仕事なんだから」

 これに尽きます。本当に。
 仕事なんだから、やるって言ったんならやってよ。と。

「善意のカツアゲ」をされる側は、比較的うまくいっているのでは?

 仕事となると「期限」「会議」「クオリティ」「人間関係」etc、、、様々なものに追われます。チームで仕事をしているときなんか特に周りの人たちの動きが目につきやすくなります。

 そして、余裕が無くなってくるときに出てくる思い

「なんであいつだけ余裕そうなんだ?」
「俺はつらいんだから、あいつもつらい思いをしろし」

 この思いは「善意のカツアゲ」をされる側の人は予定通り、順調に仕事が進んでいるように見えてしまうからではないでしょうか?

「善意のカツアゲ」だと伝えることが自分を守る

 「善意のカツアゲ」に合ってしまっている人に、「仕事がうまくいっていないふりをしましょう」というつもりは一切ありません。むしろ誇るべきです。

 どのような状況が「善意のカツアゲ」という実態を生み出してしまっているのかを理解すれば、いつガードポーズをとっておけばいいかはっきりします。ガードできれば、被害を小さくすることには役立ちます。

 でもそれ以前に、攻撃をさせなければいいのでは?

 そこで一言で表現できる言葉が必要だと僕は思ったのです。その意味が広く知られている状況にできれば、簡単に伝えることができるようになる。
 つまり、つらい思いをする人が減るはずだと。

 これまで言葉として表現されてこなかった実態を1つの形として作り上げたので、これが誰かの救いになることを願っています。

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